
しばらく、賑やかな場が苦手になっている。ずっと引っかかりを覚えながら、利用し続けている。それは喫茶店に限った話ではなく、電車や映画館、ライヴハウスなどでもずっと不快感が潜んでいた。
先日、試しにスターバックスでイヤホンをつけてみると、スッと心の波が穏やかになったのを顕著に感じた。音楽も流さずにノイズキャンセリングを使わずとも、ただ耳にイヤホンを入れるだけで格段に変わった。言葉が聞き取れないくらいでいい。きっと私の脳がダメなんだ。何かに集中しようとしても、言語を聞き取るための左脳がずっと働き続けている。喫茶店で本を読んでいても、聞こえる範囲の会話が全て耳に入ってきて文字となり脳内を通過する。別に盗み聞きしたくもないし、どうでもいい他人の会話には興味がないのに。幸いにも平々凡々以下な海馬のおかげで、記憶には刻まれ難い。ただ、気づけば隠し切れないイライラが募るようになっていて悲しかった。
街なかで静かな場所を見つけるのが難しい。4人客とかが近くに来たらオワタと落胆する。どんなに落ち着きのある喫茶店でも、たった一組の客が場に合わない音量で会話を弾ませているだけで声が耳を劈いてくる。でも静寂過ぎるのも違う。コロナ禍の『黙食』という一瞬の慣習は、私にとってストレスの緩和につながっていたのだった。店が賑やかなのはいいことだから、私が我慢したり逃げたり勝手にすればいい。結局、好きな場所には多少無理してでも行く。幸せに談笑している人は何も悪くないから。
自分に合わない人を単純に敵だと思ってはいけない。まずはそっと離れる。「もっと自分勝手に生きたい」と思うたびに「他人に迷惑をかけてまで自己中心的になりたくない」という反発が心の中で起こる。ぐちゃぐちゃになった気持ちの欠片を喫茶店で相談すると、そのままでいいと淡く肯定される。淡い肯定が沁みる。煮詰まった利己の濁りを、他者の干渉が希釈してくれる。