喫茶店で思い耽ったことを

頭の中で整理したりしなかったり

律動


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リズム論について探求した思想家ルートヴィッヒ・クラーゲスにとって、リズムは『抑制からの開放』であり、あらゆる手段によって心身の抑制を脱落させてリズミカルになることで、生命そのものが開放されるという。
「踊るって大事過ぎる。私がクラブにずっと居た人間だから思うのかもしれないけど。踊っている時と踊っていない時で音の聴こえ方が違うんだよね。踊るってリズムを自分で解釈し直すことだから。だから、クラブって最高なんだよね」と、ミュージシャンの長谷川白紙がPodcastで言っていた。
クラブ。私は観たいアーティストが出演している時くらいしか行かないけど、周りの客を見ていると流れている音楽にノリながら酒を片手に知り合いとワイワイしている印象が強い。音と酒で酩酊した社交場。深夜帯の薄暗い低音の効いたクラブは、周りの目を気にせず音に集中できるから好きだ。こんな私でも音に踊り続けて汗をかける。そういえば、昨年末に札幌でSTUTSというミュージシャンのアフターパーティがクラブで行われた時、クラブ慣れしていない客がDJ卓の前で棒立ちしながらミュージシャンが現れるのをずっとスマートフォンをいじりながら待っていたのがとても異様だったのを思い出した。その客たちはミュージシャンに会うのが目的だからそれまでの時間がきっと暇でしかないのだろう。私は「あ、この民族音楽みたいなやつのパーカッションのリズム面白いな、どういうステップで合わせるかな」とか考えながら過ごした。人が音楽を聴く目的なんて、なんだっていい。

 

茶店のママさんから「たまには顔を見せてちょうだい」というメールが届いたので行ってきた。カウンター席に座って、常連らしき人と三人で適当な話をした。
マイナンバーカードの写真って絶対ひどく写ってない?もっと綺麗に撮れないのかね」「わかる!ショックだから見るのもイヤ」「まあ、写真と実物に差があったら身分証にならないので諦めましょうよ」「ひどいねー」「話変わるけどさ、お兄さんの手すごく綺麗だけどケアしてるの?私つい人の手を見ちゃって」「わかる!お会計のときに財布からお金を出す手が綺麗だと声かけちゃうもの。私もマスターの手が好きだった。手には魅力があるの」「えへへー、ありがとうございます。ずっとコンプレックスだったんですよ、男っぽいゴツい手に憧れて骨をポキポキ鳴らしてました」「だめだめ!大事にしてね、その手」「写真に撮っておいたほうがいいよ!」「嫌ですよ!変人じゃないですか」なんの話だよ、と思いながらも楽しかった。
「今日、最初に来たお客さんを泣かせちゃってね」「こわー」「えー」「写真撮ってもいいですか?って聞かれたから、嫌ですって答えたの。どうして撮影したいの?って聞いたら、将来自分でお店を作る時の参考にしたいって言われて…」「あー」「店の写真を撮られるって気分が良くないの。撮られたくない部分を撮られるかもしれないし、どんな使われ方するかわからないし。今は当たり前になってきてるかもしれないけど、当たり前じゃないから。参考に写真を撮るのはね、泥棒みたいなものなの。本当に参考にしたいならきちんと撮って頂戴。適当に撮らないで。わかった?それでも撮りたければどうぞ。とか言ったら泣いちゃって」「うわー」「あのね、どうでもいい人は無視するけど、あなたにはちゃんと考えてもらいたかったから言ったの。うちの店に何しに来たの?って。そのあと1時間くらい話して、最後は笑顔で帰ってったよ」「こえー」「うちは観光名所じゃないんだから。この歳になって我慢したくないじゃない?この間も、1ヶ月間くらいほぼ毎日来てたお客さんに、正直あなたの話は疲れますって伝えたら来なくなったこともあったね」「ひー、自分も会話力に自信ないから気をつけなくちゃ」「酒井さんは大丈夫じゃない?一方的に話しただけで満足するような人は、話を聞いてくれる人がそばに居ないんだろうね。とにかく、もう我慢するのはやめたの」
人が喫茶店に行く理由なんてなんだっていい。それならば、人が喫茶店を営む理由だってそれぞれ違うはず。熟考する余地のないほど、この関係性はシンプルなのかもしれない。ただ、店のリズムに身を委ねればいい。