喫茶店で思い耽ったことを

頭の中で整理したりしなかったり

感覚

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休日の喫茶店は賑やかなことが多い。今日は声が大きな三組のカップルの会話を聞きつつ読書をしていた。バターケーキの味をマルセイバターサンドで表現して、同棲か半同棲について話し合い、お互いのカメラを交換して撮ったら間違ってカメラのフラッシュをたいてしまい、浅煎りと深煎りでコーヒーの色が違うと驚き、二人で初めての旅行を計画し、さっきラーメン食べたばかりだからとケーキを一口食べて残し、このあと札幌駅でウインドウショッピングしようと話す中、私は沖縄の本を読んでいた。頭の中がぐちゃぐちゃで楽しかった。著しく集中力という感覚が欠けている。
あれは10年くらい前だろうか。旭川市から南東に位置する深川市に、夕方ごろ開店する喫茶店がある。旭川での仕事を終えたあと、今ならちょうど開いているのでは、と帰りの時間を気にしつつお店へと足を運んだ。玄関には猫がいた。外壁は下半分が緑色のタイル。窓が無い。扉を開けると、ほんのり暗い店内。カウンターが見えるように、入り口近くの席に座った。左側の壁を見上げると深川市の古い地図が貼ってあった気がする。そばにCDラジカセが置いてあった。知らない歌謡曲が流れていた。パワフルで突き抜けるような歌声に衝撃を受け、思わず集中して歌詞を聞き取りスマートフォンで検索して歌手名を知った。家に帰ってからYoutubeで検索してあらためて聴き直した。
「さあ この部屋から今すぐ出て行ってよ もう あなたの顔など見たくないわ」
大橋純子の1stシングル『鍵はかえして!』という曲だった。同棲していた男を突き放して別れる女性をイメージした歌詞と、感情がそのまま表現されたような力強い声がマッチしている。夕張市出身だということもその時に知った。レコードも数枚買った。

2023年11月9日、食道がん大橋純子が亡くなった。所有する1stアルバム『フィーリング・ナウ』のレコードに針を落とすと、彼女の声が私の目の前にあるJBL4311Bから聴こえてくる。今、生きているのを感じる。文字通り、再生している。逝去のニュースを知らなければ、私の中で彼女はずっとこの世に存在し続けたと思う。命は自分自身だけのものではなく、赤の他人にも宿るのかもしれない。きっと、人は魂のかけらをばらまきながら生きている。