喫茶店で思い耽ったことを

頭の中で整理したりしなかったり

逃避

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急に映画を観に行くことを決めた。シアターキノで『三宅唱映画祭』と題して三宅監督作品の連日特別上映があった。一番観たかった『THE COCKPIT』も上映する。ヒップホップミュージシャンであるOMSBやBIMらSUMMITメンバーの音楽制作ドキュメンタリー。現在、媒体やサブスクリプションサービスでは観ることができないから貴重なタイミング。しかし仕事の予定が合わず断念。くやしい。

その憂さ晴らしに同監督作品の『きみの鳥はうたえる』を観に行くことにした。

函館シネマアイリス開館20周年記念作品。佐藤泰志の同名小説の舞台を東京から函館に移し、三宅唱が映画化した青春ラブストーリー。これでも函館出身者の端くれである私、見覚えあるロケ地なら割増で楽しめそうだと思った。出演陣も柄本佑染谷将太、そして三宅唱お気に入りの石橋静河。期待が高まる。

諸々の用事を済ませて現在17時、上映が19時半スタート、私は行きつけの喫茶店で時間を潰すことにした。この店は席の時間制限が設けられていないので、店主と適当な話をしていれば自然と時間調整ができる。ここからシアターキノまで車で15分くらいだから立地も完璧。だいたい1時間前に店を出れば余裕のよっちゃんだ。いつものようにコーヒーや趣味の話をしていた。すると、入店してきた一人の客。ここで久しぶりに遭遇する常連さんだった。ちょうどシアターキノからの帰りだったらしく、映画の話になった。「酒井さんはこの映画知ってます?」カウンター席に座った彼女はフライヤーを私に向かって滑らせた。アキ・カウリスマキ監督の『枯れ葉』。名前しか知らない。名前しか知らないのは知らないのと同じだから、つまり知らない。マイナーなやつかな。「大人気で立ち見ができるくらいでしたよ!」全然知らない世界だった。映画好きの店主と盛り上がっていた。そこから3人で他愛も無い談笑を続けた。「美術館の展示が最近全然惹かれないんだけど」「お菓子のパッケージデザインもいいのが全然ない」「かといって回顧に陥るのはマズい」「これが老いか」「かわいいご当地ワンカップ酒を知らない?」「酒を飲まないから知らない」「店のSNSは発信しても受信しないほうがいい」「就職せずに喫茶店をやってる人に比べたら会社員はまともだからすごい」など、とても無責任な会話を繰り広げた。ふと時計を見たら19時…19時?19時だ!私は余裕のフリをして焦りながらも悠長に席を立ち、すぐ会計を済ました。「ごちそうさまでしたー、ごゆっくりー」さらっと挨拶をして店を出る。駐車場まで走り、車で映画館へ向かった。意外にもスムーズに到着したが、残念ながら最寄りの有料駐車場が満車。さすがに土曜夜の狸小路周辺は混んでいた。前日に近くのラーメン屋で火事があったため通行止めも重なり、雪道をタラタラと探して見つけた空車の駐車場に停めて、滑って転ばないように小走りで映画館の受付へ。これはギリギリイケるだろ。「…申し訳ありませんが上映開始時間が過ぎましたので入れません」ダメだった。5分オーバー。映画は上映時間に遅れたら観れないことをその時初めて知った。そりゃそうか、仕方ない。その足でコンビニに寄ってホットレモンティーとパンを買って車に戻った。Amazonプライムビデオで『きみの鳥はうたえる』を検索して即レンタルした。ハンドルにスマートフォンを固定して映画を再生。パンをかじりながら、さながら刑事の張り込みだ。外を歩く人と目が合った。1時間くらいしたら寒くなってきたのでエンジンをかけて駐車場代を支払い、先程とは別の喫茶店へ向かった。コーヒーを飲んで温まり、また車に戻って映画を最後まで観た。いい映画だった。

物語は、どんなに退廃的な人間であっても特別に輝くことができる。特徴のない凡人はモブにすらなれない。誠実さに欠けている一面があっても、それは取り巻く苦難ゆえ余儀がないだけで、他の面には充分過ぎる魅力を秘めている。将来を何も考えていない曖昧な時間、余白が眩しく感じるような映画だった。約束を破っても、だらしなくても、適当でも、ひたすらに輝き続ける主人公が羨ましかった。現実を生活していると"まとも"を当たり前のように求められる。私自身、不安と戦わずに逃げたくなるような毎日だ。『きみの鳥はうたえる』の中での逃げ場所はクラブやカラオケ、ROUND1などだった。函館に住んでいた頃の私と重ねた。どうしようもなくなった人間が明日を考えず、肯定も否定もされない、ただ存在しているだけで許されるような場所。

私も、本当は喫茶店へ逃げているのだろうか。